ババア2人のサバイバル最終回

2024年03月07日 18:35

さあ!
手に汗を握らせたままで2日も放置するなど、なんと思わせぶりな女か!!
とお怒りの諸兄もおられることは、重々承知している。
わざとではない。
失念していたわけでもない。
21時就寝だからである。
それはご寛恕頂きたい。

さて、這々の体でカンボジアを出国した義母と当方であったが、タイに入国してからが戦の本番であった。

現地時間で午前2時
草木も眠る丑三つ時
日本時間で午前4時

タイ人が、丑三つ時を解るとは思えないが、兎に角、人がいない。
無人駅というのが田舎に行くとあるが、無人空港と呼んでも良いくらいである。
因みにタイの空港に行った方はわかるであろうが、綺麗である。
南国の香りが心を浮き立たせる程である。
しかし、その時のタイの空港は、深海のように静かで冷ややかな感じがした。

などと感傷に浸っている場合ではない。

腹を空かせた義母に何かを食べさせねば。
いや、その前に日航のカウンターに行き、日本の状況を聞き取り、帰国できるように搭乗手続きをしなければならない。
あああ、荷物が重い。
平生であれば、トランジットの際には、バゲージで自然と次の便に貨物室の荷物は運ばれ、お客様は次の便までお食事やお買い物でもしましょう♪てなことになるのだが、日本が大震災に見舞われているので、日本に飛ぶ航空機が無い。
故に、大きな荷物も下ろされ、まるで大八車を引く江戸時代の人足のようにスーツケースを引いて空港を彷徨くしかないのだ。

義母に
「取り敢えず、日航のカウンターに行って日本に帰れるように交渉しましょう。大丈夫です。私は、日航のマイレージもたくさん持っているVIPなお得意様ですから、たとえ、乗客がお母さんと私だけでも、きっとなんとかして飛行機は飛ばしてもらえますよ。なんなら、私が航空機を操縦しますから。ほら、私の車の運転技術がF1レーサー並みなのは、お母さんもよくご存知でしょう!」
と励まし続ける。
もはや、雪山で遭難し、
「眠るな!眠ると死ぬぞ!!」
と義母のほっぺたを叩く心境である。

「直子さん、航空機の操縦免許も持っているんやろか?なんでも資格を取るのが好きなのは知っとったけれど、飛行機まで操縦できるとは大したもんやね〜」

『まずい…当方の冗談を本気にするほど義母は疲弊している。そりゃそうだ。毎晩、嫁の尻に塗り薬を塗り、嫁の大きな鼾に耐え、酔っ払う嫁の介抱までする。さらには、標高300メートルの密林の遺跡(この日カンボジアは気温35度、湿度100%)を地雷を避けながら往復6時間も歩いて、やっとホテルに帰って嫁にビールを勧めたら案の定、泥酔で、でも、もう少しで帰国できると思ったら、日本が大震災になって、タイで嫁と2人、暮らさないといけないかもしれない。こんな状況に置かれている77歳の老婆に冷静な判断などできようか?ここは人生の天王山、正念場、天下分け目の関ヶ原』
と腹を括った当方は、
「お母さん、私に全て任せてください。私ほどの強運の持ち主はいません。ナポレオン・ボナパルトやハドリアヌス帝も平伏す強運の持ち主ですからね!証拠?証拠はここにあります。お母さんの息子である連れ合いと付き合わないまま一緒になって、お母さんと親娘になった。私は本当に幸せ者です。お母さんと親娘になるために私は、連れ合いと一緒になったのです。こんなに素晴らしい幸運は他にありません。これを強運と言わずして、なんと言うのですか?」

泣かせる。
泣かせるセリフである。
こんな状況に置かれても、姑への気遣いを失念しない当方はやはり天才である。
木下藤吉郎(のちの豊臣秀吉)も仰天の技である。

ドヤ顔で義母を見る。

泣いているよ。
感動しているよ。

と思ったら、スーツケースを椅子にして寝ているし!

こんな時によくまあ、寝られるもんだと感心しながらも、当方の感動的なセリフは宙を舞い、塵となったのであった。


今回をもって義母と当方の感動の旅の記録の最終回としようと考えていたが、
「心に穴が空くので、もう少し語って欲しい!!!!」
とのご要望を頂いたので、続きは明日に持ち越しとなる。

人間は、ピンチに遭った時にその真価が試される。

当方の人間性を充分に味わって頂きたい。

花冷え…には些か早いが、冷えてきた。
半袖、裸足の当方が言うのも烏滸がましいが、諸兄の皆様は風呂に入って温まって頂きたい。

「命!燃やしていますか?」




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