ばばあ2人のサバイバル成田編

2024年03月08日 11:08

雪である。

タイの話ではない。
今朝、カーテンを開けて庭を見ると、クリスマスローズが重たげに首(こうべ)を垂れていた。
雨の日は、少し残念な気持ちになるが、雪であると何故に心が浮き立つのか。
当方は柴犬の生まれ変わりなのかもしれない。

さて、暑いタイの空港の話に戻ろう。

兎にも角にも、日本の状況を把握しなければならない。
日航のカウンターに行った当方は、安堵した。
海外では、日本の航空会社のカウンターに必ずしも日本人がいるとは限らない。
カイロの空港で、クレオパトラもびっくりの濃い化粧をした女が座っており、早口の英語で捲し立てられた時には、心から辟易した。

大丈夫

低い鼻
あの平たい顔
地味な化粧

間違いない。
日本人だ。
日本人!万歳!

心中で快哉を叫びながらも、今時分だと
「こんばんは」か「おはようございます」か
どちらの挨拶が正しいのか?
追い詰められた状況でも、礼儀正しい当方は声掛けを悩んだ。

その一瞬の隙を突き、義母が言葉を放つ。

「日本はどうなっているんでしょうやろか?東京が津波で流されたと聞いたんやろけど。四街道はどうなっとりますんかね。海老津は無事やろか?」

カウンター越しの係員はポカンとしている。
無表情と言ってもいい。
この表情の無さが、日本人が海外で様々な誤解を受ける種になっている。
故に表情豊かな当方が、日本人に思われないのも首肯できる。

それよりも何よりも、係員は、おそらく「四街道」「海老津」などの地名は知らないのであろう。
これが「六本木」や「赤坂」「渋谷」であれば、即座に反応してくれたであろうが、そこが知名度の低い地方公共団体に住む住民の辛いところである。

「日本で大きな地震があったことは確かです。でも津波で大変な被害を受けたのは東北のようです。詳しいことは私も情報が入ってこないのでわからないのです。他の地域についてもわかりません。」

至極真っ当な答えである。
日本自体が大混乱になっているのであるからして、タイの航空カウンターに座っている係員が、内閣府並の情報を保有していたら、そいつは間違いなくスパイであろう。

「あの、ええと、ありがとうございます。今は、四街道とか海老津の話は忘れてください。我々はカンボジアから来ました。とにかく、帰国したいのです。飛行機に乗せてください。ビジネスでもファーストでも構いません。」

毒を食らわば皿まで

その言葉がこの場合、適切か否かは置いておいて、取り敢えず航空機に乗ってしまえば、料金は義母が支払ってくれるであろう。
それにこの混乱に乗じて、ファーストクラスに乗れれば、生涯で初めてのファーストクラス体験となり、このような機会はもう2度と訪れないと考えた当方は、ロベス・ピエールも腰を抜かすこの思い切った提案をした。

「無理です。羽田、成田も関空もクローズして何時、オープンになるか見通しが立たない状況です。ビジネスとかファーストとかの問題ではないのです。ご了解ください。」

なんと!
東北が津波に見舞われたのに、何故に成田国際空港や羽田国際空港、そして関空までもがクローズになっているのか?
やはり東京も被害に遭い、さらには関西までが地震にやられたのか?
これはもう、小松左京の予言通り、日本沈没ではないか!
金閣寺の和尚が、沈む日本から脱出せずに金閣寺と共に、海中に沈む映画の場面が想起される。

『空港がクローズならば、軍用機を飛ばせばいいではないか?
海外に取り残されている邦人である77歳の老婆とか弱い当方を日本は見捨てるのか?
あ、日本は、戦争のための軍隊を保有してはいけない決まりになっているから、軍用機ではなく自衛隊機になるな。
いついかなる時においても正しい認識にて思考することが肝要であるな。』

小松左京から一旦、距離を置き、冷静さを取り戻した当方は、
「政府専用機も飛ばせないんですかねえ。日航さんは御用航空会社でしょう。私は、御社のマイルもたくさん持っている上得意様なんですけれどもねえ。とにかく、早く帰国したいんですよ。
疲れた年寄りも連れていますしね。人道的な見地から考えてもらえませんかねえ。」

今思えば、なんと傲慢な物言いであろうか。
千利休もここまで傲慢ではなかったと推測できる。
だが、誤解しないで欲しい。
当方が、航空機操縦免許を取得していると勘違いするほど疲弊している義母を思い遣っての発言であったことを。
良い嫁は、時に姑を守るために利休にもなることを慮って頂きたい。

目を丸くするカウンターの係員
うつらうつらを始める義母
自分の父親の葬式で、焼香を父親の位牌にぶちまけた織田信長も息を呑む手前勝手な交渉をするうつけ者の当方

さあ、この交渉は成功するのか?
政府専用機の迎えはあるのか?
貯めに貯めたマイルの効果はあるのか?

続きが待ち遠しくて夜も眠れない御仁もおられようが、今少し、楽しんで頂きたい。

本日は、午後からプリザーブドフラワーの染色の生徒さんが来られる。
染色の技術を伝道することは何よりの喜びである。
プリザーブドフラワーの染色技術が伝統工芸士の技術として認定されるように、プリザ界のフランシスコ・ザビエルとなるべく、生徒さんと精進する次第である。

「命!燃やしていますか?」


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